信仰心から千里眼を得た祈禱者
どんな伝承か
明治末の千里眼騒動のなか、御船千鶴子や長尾郁子の評判を聞いて四方に霊能者が勃興した。門脇鼎が統計して『心理時報』に載せた千里眼可能者の名簿には、二十八名が年齢・住所・動機とともに並んでいる。その二十五番目に、青森縣西津輕郡水本村大字木筒の祈禱者、川村專助(四十二)が挙げられ、動機は「信仰心」とされている。名簿の多くは催眠中に千里眼可能の暗示を受けた者か千鶴子・郁子を模倣した者であり、自らの信仰から得たとするのは少数であった。ほかに熊本、豊橋、丸亀、京城、秋田など全国各地の男女が名を連ねている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊哲学の現状(高橋五郎・1919年(大正8年))
『心霊哲学の現状』は、高橋五郎が大正八年に著した心霊研究の概説書である。英国のロッジが戦死した子レイモンドの霊と交わした冥界通信をはじめ、欧米の交霊術と霊媒の実例を訳して紹介し、日本の催眠術と千里眼の流行、御船千鶴子・長尾郁子の事件、霊光や念写までを論じる。篇と章に分け、心霊哲学とキリスト教、クリスチャン・サイエンス、淘宮術との関係や、太霊道など国内の霊術諸派も取り上げ、ところどころに評註を添える。