釜の湯を頭に注ぐ穂積神社の湯祈禱
どんな伝承か
静岡県の龍爪山にある穂積神社では、心を病んだ人のために、神官が朝と夕の二度、神前で祈りをささげていた。また神殿の前庭に据えた釜で湯を沸かし、その湯を患者の頭にかける湯祈禱も行っていた。このように神社や寺を拠点として病者を治す民間の場は、ほかにも各地に数多くあったという。
原典より
静岡県の穂積神社では、神官が朝夕二回、神前で祈禱し、また神殿の前庭に備え付けた釜に湯を沸かし、湯を患者の頭部に注ぐ、湯祈禱を行なっていた。—— 幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。