征夷大将軍を名乗る病院の男
どんな伝承か
妄想の際立った性質は、どれほど理を尽くして説いても揺らがないところにある。松沢病院にいる蘆原将軍もその例で、考えちがいだと繰り返し諭されても、平然と自分は天下の征夷大将軍だと構えている。彼は前身が櫛職人の金次郎であったことも、家族の来歴も、いま病院の一室に閉じこめられていることも承知しているのに、それが将軍だという信念と食い違うとは少しも思わない。命令ひとつで百万円の軍費は集まると豪語したその口で、医者や看護人に煙草や小遣いをねだり、自分で箒を持って病室を掃く。筆者はこれを意識が分裂した状態として説明している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
變態心理と犯罪(中村古峽)
『變態心理と犯罪』は、中村古峽が著した変態心理学の論集である。二重人格、夢遊病、狐憑きや神隠し、催眠術を心理学の立場から解き、大本教・天理教・金光教などの神憑りや心霊術を迷信として論じ、迷信や二重人格のからむ大正期の犯罪事件の実話を収める。著者自身の被験者や大本教訪問の見聞を例に引き、変態心理の解説から催眠術、宗教批判、犯罪の実話へと進む順に並べる。