長者の牛と雨を呼ぶ沼尾沼
どんな伝承か
今から一五〇〇年ほど前、允恭天皇の御代に小野の郷に小野長者という豪族が住んでいた。そのころは小野岳の頂上に屋敷があり、長者は獣の皮を遠く京や奈良まで商って財を成し、普通は朝日長者と呼ばれていた。屋敷には非常に利発な牛が飼われ、手紙を持たせて本郷へ使いにやると、用を足してまた帰ってきた。ある初夏の夕方、この牛は帰り道で雷雨に遭って夜道となり、重い荷を背負ったまま赤粘土の道をすべって沼尾の沼に落ちて死んだ。それ以来、沼尾沼に牛の首を入れると雨が降るといわれ、会津盆地に旱が続くと農夫たちが牛の首の形を作って投げ入れたという。
原典より
今から一、五〇〇年も前のこと、允恭天皇の御代(四五〇年ごろ) 小野の郷に小野長者という豪族が住んでいた。—— 下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史)
『下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説』は、会津の下郷町の町史民俗編のうち、町内の伝説を集めた第二節である。鏡沼の大蛇や二岐山のダイタンボウ、狼に食われた祖母、湯野上温泉猿湯の由来、高倉宮以仁王と桜木姫・紅梅御前の落人伝説、伊達政宗の戦の悲話、小野の長者と小野観音の金の鰐口などを収める。伝説を自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分け、各話に地名や供養塔・墓・文化財の現状を書き添えている。