祖母れいの真宗と天然の秘密
どんな伝承か
熊嶽と同じく天然も生神様と呼ばれたが、その背後にあったのは一向宗の伝統だったと著者はみる。天然の死後、息子の碩郎は母とともに故郷の和知村へ帰ったが、母は祖母れいと折り合わず二人の子を置いて去り、碩郎は祖父母に育てられた。村には真宗の等覚寺があり、れいは熱心な門徒で、説教には子どもを連れて必ず通い、家でも毎朝一家で読経を欠かさなかった。碩郎によれば、天然はこの母の人柄と信仰に感化されて親鸞を敬っていたという。天然は清沢満之の雑誌『精神界』の読者でもあり、自分の雑誌を『精神』と名づけていた。
原典より
れいは特別に熱心な門徒で、お説教には子供たちをつれて必ず顔を出し、家庭にあっても一家そろっての毎朝の読経を欠かさなかった。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。