行基が岩窟で見た極楽と獅子窟寺
どんな伝承か
元明天皇のころ、行基は勅命を受けて畿内に四十九の寺を建てることになり、その用材を求めて葛木の峰に登った。すると遠く東の山に瑞雲がたなびき、霊気が立ちのぼるのが見えたので、霊木があるに違いないとその山を目指した。奇岩の重なる山中で獅子の姿に似た岩窟を見つけ、中で一夜を明かすと、真夜中に名を呼ぶ声がして、生身の薬師如来が現れた。導かれて洞の奥へ進むと、瑠璃の地に金銀の殿堂や宝の池が輝く極楽浄土が広がっていた。如来は薬水で病める者を救えと告げて消え、行基は薬師如来を刻んで堂を建て、獅子窟寺と名づけたという。
原典より
行基は薬師仏の有難さに深く感じて、直ちに薬師如来を刻むと、洞の傍らへ一宇の堂を建ててこれに安置し、寺の名を獅子窟寺とつけたという。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史)
『交野市史 民俗編――伝説』は、交野市が編んだ市史の民俗編から伝説の章を収めたものである。交野の各地に伝わる池・古墳・寺社・地名にまつわる伝えを集め、産所とよな池、弘法大師の蚊封じの池、獅子窟寺の再建の由来、小松寺の起こりなどを、所在地や文献の記述を添えて記す。郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田の八地区を節に立て、地区ごとに話を並べる。