疫痢の子の手当てを拒んだ信者
どんな伝承か
信仰が人の命を奪った事件の一つとして挙げられている。昭和二十八年八月、群馬県多野郡で、ある教団の信者が疫痢にかかった子どもの手当てを拒み、死なせてしまったという。
原典より
同年八月、群馬県多野郡で疫痢(えきり)の子の手あてを拒んで死亡させた××教事件。—— 現代の迷信(今野圓輔・現代教養文庫・1961年(昭和36年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・現代教養文庫・1961年(昭和36年))
『現代の迷信』は、今野圓輔が昭和三十六年に著した、現代の俗信を一般の読者に向けて説いた読み物である。昭和三十年代の新聞・雑誌の報道や聞き書きを主な材料に、縁起かつぎ、前兆・占い・禁忌・まじない・願掛け、憑きもの落としの殺人や新興宗教の騒ぎまでを全国から拾い集めている。「現状」「過誤と真実」「その背景」「迷信論」の四部から成り、巻末に読者の問いに答える迷信身の上相談を付ける。