観音に願い過ぎて板面となる
どんな伝承か
昔、ある怠け者の男が村の観音堂にこもり、銭を授けてほしいと祈った。観音は正直者だろうと本物の銭を与えたが、男はすぐに使い果たしてまた願いに来る。二度目も授けると、今度は博打に酒に茶屋遊びと遊び尽くし、三度目の願掛けをした。観音は、今度は大きな板の銭をやろうと答えた。夜明けの鶏の声で帰ろうとすると、男の顔が縁の敷板にくっついて離れない。明るくなって集まった村人や別当が代わる代わる引っぱってもはがれず、ついに板を切り抜いてやっと放した。それで皆が板面と言ってはやしたという。
原典より
そこで皆があれあれ板面、板面と言つたとさ。—— 佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。