塩を焼いた海の名残という釜場
どんな伝承か
大曽根には釜場と呼ばれる小名がある。昔このあたりは海で、塩焼きの釜を据えて海の水を煮詰め、塩をとっていたことから、その名が付いたと伝えられている。大曽根西の話者も、大曽根はかつて海の底で、潮が引くと海へ突き出したような形になった所で塩を焼いたと語る。この人はさらに、綾瀬川が大曽根で大きく曲がり、川のいちばん深い流れであるミヨがこちら側へ寄って深くなっていたので、釜場と呼んだのではないかとも話している。
原典より
塩をとる釜を置いたところから、釜場と付いたそうな。—— 八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史)
『八潮市史 民俗編――伝説・怪異』は、埼玉県の『八潮市史』民俗編から伝説の部分を収めたものである。市内の各地区で聞き取った稲荷火や狐の嫁取り提灯、狢・河童・蛇の話、徳川家康の鷹狩りにちなむ地名や塚の由来、地蔵や人魂、念仏橋の話を、話者の言葉づかいのまま地区名を添えて並べる。概説のあとに自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三つに分け、話の群ごとに『日本民俗事典』や『武蔵の伝説』などを引いた参考を付ける。