平沢トウの富士を象る浅間神社
どんな伝承か
ひたちなか市三反田の下高井とカジャ山下に住む平沢姓は一四戸あり、平沢トウと称している。この平沢トウはヤンサマチの祭礼で重要な役割を担う一方、新宮素鷲神社の境内に浅間神社を祀っている。社は石で富士山をかたどったものである。新宮素鷲神社はもと別の場所にあったが、この浅間神社のある所へ移してきたのだという。トウ仲間では富士山への登拝が盛んで、六月二九日の祭りには祝詞をあげてもらい、神社側の宮司の家で神酒を飲んで終わるという。
原典より
この平沢トウは、ヤンサマチの祭礼で重要な役割を担っているが、同時にまた一方で、新宮素鷲神社の境内に浅間神社を祀っている。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。