宝と灰を埋めたというタカラ塚
どんな伝承か
石戸宿一四八八、小林進さんの敷地内の東隅にタカラ塚がある。高さは約一メートル、広さは八畳敷きほどである。石戸城か何かが焼けたとき、宝を埋め、灰も一緒に埋めた塚だといわれている。その後、土器の破片や錆びた刀が出たことがあった。塚の上には石祠が二つあり、一つは天保十四年卯十一月吉日、願主小林氏と刻まれた「灰塚八幡」、もう一つは「三宝荒神」である。
原典より
石戸城かなにか焼けたとき宝を埋め、灰も一緒にうめた塚だといわれている。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)