隠れ正月・神明の加藤(門松を立てない)
どんな伝承か
北中丸の「神明の加藤」と呼ばれる三六軒は、全戸ともお供え餅を作らず、門松も立てない。戦に負けて「隠れ正月」をしたのだ、という話が伝えられている。北中丸には三が日に餅を食べずうどんを食べ、さらにお供え餅も作らない家が多く、加藤国明家、加藤善三郎家、新島清作家などがあり、これを「隠し餅」と呼んでいる。なかでも関口欣一家では三が日に雑煮を食べず、「おうどんのうちいれ」(煮込みうどん)ですませていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史・自治体史(民俗))
『北本市史 第6巻(民俗編)』第十一章所収の伝説。埼玉県北本市に伝わる口承を採録する。