乞食を打ち殺し門松を立てなくなった家
どんな伝承か
下石戸上のS家では、大正十年ころまで正月の餅をつかなかった。昔、本家の先祖が長野から移り住んで来た際、正月の餅をついていたところへこじきが来たので、縁起でもないと門松を抜いてなぐり殺してしまった。それ以来、正月の餅はつかず、門松も立てないことにしたという。分家した当家も長くこの家例に従い、一月十四日になって初めて餅をつき、神様にも供えた。これを「隠し餅」という。餅を食べること自体はよく、桶川の市場にある親戚についてもらった餅を食べていた。
原典より
それは、昔、本家の先祖が長野県から移り住んで来た際、正月の餅をついていたところ、こじきが来たので、縁起でもないということで、門松を抜いてなぐり殺してしまった。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)