大鹿太郎左衛門の墓と伝わる花立山
どんな伝承か
かつて花立山と呼ばれる場所があり、昔は大きなもみじの木が生えていたという。そこには大鹿太郎左衛門の墓があったと言い伝えられている。大鹿氏は五、六代続いた家だといわれるが、一色氏に攻め滅ぼされたため、本当の墓の場所も子孫の行方も分からない。花立山には饅頭のような丸い形をした石が転がっていたので、それを長禅寺へ運んで納めたと語られている。
原典より
そこは大鹿太郎左衛門の墓があったと言い伝えられています。—— 取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史)
『取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異』は、取手市の市史民俗編のうち、俗信の箇条の末尾に続く第四節「伝説」・第五節「不思議な話」・第六節「祟り」を収めた部分である。市内各地区での聞き取りを話し言葉のまま書き起こし、長い四話は『取手町郷土史資料集 第一集』から抜粋する。将門と桔梗御前の伝説、地蔵・社寺・樹木の伝説、狐やムジナ・化け猫・幽霊・タマセの話に続き、忌田や祟り山の話を所有者名と地区を伏せて載せる。