おそめ田・大六天の白浪・金吾兵衛の墓
どんな伝承か
小文間に伝わる三つの話をまとめたもの。天明の飢饉のころ流れ着いたお染は、荒れ田を買って美田に育てたが、お役者小僧の吉と神浦村の宗兵衛にだまし取られて狂い死にし、その後関わった者が次々に死んだため、おそめ田は福永寺に寄進され供養された。大六天山の下には修験者あがりの義賊神道徳次郎の一味が住み、近郷の富豪を襲ったという。文政九年の暮れに母らを殺した孝行者の金吾兵衛は村内で処刑され、戸田井の墓地に葬られたが、のちにその墓は風邪とおこりに効くとして参詣が絶えなかった。
原典より
この時、福永寺の住職がお染のために怨霊を抜く供養を営んだので、その後の祟りはなくなりましたが、おそめ田の恐怖は人々の間に長く語り継がれました。—— 取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史)
『取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異』は、取手市の市史民俗編のうち、俗信の箇条の末尾に続く第四節「伝説」・第五節「不思議な話」・第六節「祟り」を収めた部分である。市内各地区での聞き取りを話し言葉のまま書き起こし、長い四話は『取手町郷土史資料集 第一集』から抜粋する。将門と桔梗御前の伝説、地蔵・社寺・樹木の伝説、狐やムジナ・化け猫・幽霊・タマセの話に続き、忌田や祟り山の話を所有者名と地区を伏せて載せる。