氏子を見守る村々の鎮守
どんな伝承か
明治元年、天栄村は柿之内・高林・飯豊・白子・小川・上下大里・安養寺新田・牧之内・後藤新田・上下松本・羽鳥・田良尾・湯本の各藩政村に分かれ、新田村を除く各旧村に鎮守が祀られていた。鎮守は村に住む人々を半ば強制的に氏子とし、村全体の安寧と氏子の幸福を見守る神である。近世には別当である寺の住職と社家の神主が祭祀にあたる神仏習合の形をとり、明治の神仏分離によって権現の号は改められた。祭日も旧暦九月の初の九日・中の九日といった収穫祭の日から新暦十月へ移り、現在は十月一日に統一されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術(天栄村(編)・天栄村史)
『天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術』は、岩瀬郡天栄村が編んだ村史のうち民俗を扱う巻である。第八章「信仰伝承」では、旧村ごとの鎮守と鎮守以外の神々、寺院・仏堂・修験、家や生業の神々、道切りなどの呪術と禁忌、口寄せをするワカドノ、キツネツキ、オシンメイサマ、小豆洗いなどの妖怪、講を扱う。『白河風土記』や明治十一年の神社明細帳の記載と土地での聞き書きを照らし、近世から近代への移り変わりを記す。