焼け跡に笑い寄る白髪の老人
どんな伝承か
『世事百談』が伝える通り悪魔の一例。四谷のあたりに類焼のあったとき、そこに住む某の妻が、主人の留守に一人で縁先に出て煙草をのみ、夕暮れの景色を眺めていた。時は初秋、焼け跡のわずかな仮住まいで、あたりは大かた礎ばかりで草が生い茂っていた。秋風がざわと音を立てて吹いてくると、その草葉の中を、腰が二重に曲がった白髪の老人が杖にすがり、よろぼいながら笑いつつ、ただならぬ顔色でこちらへ来る。妻は心得のある者で、両眼を閉じ、これはわが心の乱れであろうと普門品を唱えて心を静め、しばらくして目を開くと、風に草葉がなびくばかりであった。ところが三、四軒隔てた医師の妻が、にわかに狂気したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。