忠生中学校の教師刺傷事件
どんな伝承か
宮田登は、内藤正敏の論を引きながら、町田市で昭和五十九年二月に起きた事件を都市型犯罪の象徴として取り上げる。教師が生徒を刺傷するという異常な出来事で、忠生中学校で起きた校内暴力の到達点を示すものだとされる。町田市は多摩川を越えて神奈川県の相模原市と川崎市の境に突き出た三角形の場所にあたり、明治初年には神奈川県に編入されたこともあって、文化的には東京のなかの神奈川ともいうべき境の空間である。昭和三十三年に首都圏衛星都市の第一号に指定され、駅前に大手デパートが進出し、農村から近郊住宅都市へ急変した土地であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))
民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。