疱瘡を病んで追われた四谷の岩
どんな伝承か
四谷左門町に住む同心の民谷伊右衛門には、岩という娘がいた。重い疱瘡を患って片目が悪く、婿の来手がない。跡取りがなければ家が絶えるので、伊右衛門は婿を探し回り、摂津の浪人が同役の秋山長右衛門の媒酌で入り婿となって二代目伊右衛門を名乗った。ところが上役の与力伊藤喜兵衛が囲う妾の琴を引き受けることになり、伊右衛門は岩に乱暴をはたらいて追い出そうとする。謀られたと知った岩は狂乱し、そのまま行方がわからなくなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))
民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。