那覇の火伏せシーサー
どんな伝承か
沖縄で町中を歩くと目立つのが、魔よけの獅子像シーサーである。『球陽』によれば十七世紀ころにはシーサーが作られ、火事を防ぐ役割を持っていたという。屋根の上の大きな獅子像は「獅子が火を食べる」という言い伝えによるもので、「火ぶせの獅子像」のイメージである。大陸から伝わった風水思想は十八世紀以後、沖縄全島に広がり、シーサーもこれにもとづく。土地柄が悪いと災難が来るとして、シーサーを建ててその霊力で災いを避けようとした。沖縄の獅子が東を向いて作られていれば、その土地で東方に理由があることになり、村の入口である東の境から悪いものが入り込まぬよう祈願する意味があったという。
原典より
屋根の上の、大きな獅子の像は獅子が火を食べるからという言い伝えによっており、「火ぶせの獅子像」のイメージなのである。—— 妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。