風月楼の門前で消えた人力車の女客
どんな伝承か
五月初旬の小雨の夜十一時ごろ、那覇の西本町から真教寺の通りを抜けて辻遊廓に入った人力車が、風月楼の門前で止まると、幌の中の若い女は煙のように消えていた。騒ぎを聞いた遊女マズルが知らせると、女将は「死んだカナーがまた迷ってきた」とつぶやき、その夜はマズルを自室に寝かせて戸締まりを固めた。午前二時ごろ、廊下の足音が部屋の前で止まると、箪笥や襖が地震のように揺れ、抱え妓グジーも入口に立つ美しい女が消えるのを見た。女将は朝になると抱え妓たちを連れて、波之上神社の近くにあるカナーの墓に参り、許しを請うた。
原典より
すると、女将の部屋の箪笥や襖が、がたがたと地震のようにゆれた。—— 沖縄怪談集 逆立ち幽霊(伊波南哲) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
沖縄怪談集 逆立ち幽霊(伊波南哲)
『沖縄怪談集 逆立ち幽霊』は、石垣島で育った詩人の伊波南哲が、新聞や雑誌に書いた話と書きおろしを合わせ、沖縄の怪談を物語風に綴った怪談集である。那覇の辻遊廓や一日橋、首里、石垣島・竹富島などを舞台に、遊女や捨てられた女の幽霊、遺念火、キジムナー、お化け封じの術を描き、戦後のタクシー幽霊の噂や東京で起きた位牌の嫁入りの話も取り上げる。題を付けた二十二話のあとに「怪談断片集」を置き、少年時代を語る「果たして幽霊はいるのか」で結ぶ。