八丈島に疱瘡を寄せぬ為朝の武威
どんな伝承か
富士川游は、疱瘡除けの呪符の一つに鎮西八郎為朝宿を挙げる。為朝ほどの猛士が家の内にいれば病魔も入り込めない、という考えによるもので、八丈島に古来疱瘡が流行しないのは、島に流された為朝の武威を恐れて疱瘡神が近寄らないためだと信じられたことに由来するという。「豆州八丈島鎮守正一位八良大明神像」と題して為朝の像を紅絵にしたものや、鎮西八郎箭根を図にして疱瘡の守護とするものもある。願懸重宝記には、地蔵堂の絵馬のうち為朝の書があれば請い受けて門口の上に吊るしておけば、その家の小児の疱瘡が軽くすむと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪などの欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。