布施辨天
どんな伝承か
富勢村布施の田の中の小さな丘にある布施弁天は関東三弁天の一つで、もとは湖の中の孤島だったという。別当は紅龍山松光院東海寺で、寺宝に蟠龍石があることから山号とした。縁起によれば大同二年七月七日の朝、湖上に紅い龍が現れて土を運び島を作り、その日から天地が震動して夜ごと光が差した。天女が里人の夢に立って但馬国筒江から来たと告げ、光を訪ねて窟に入ると三寸余りの像があった。小さな祠に安置していたところ、行脚中の弘法大師が通りかかり、自分が筒江で刻んだ像だと驚き、寺を建てて山を紅龍と名づけ、里の名も布施とした。のち嵯峨天皇に奏上して弘仁十四年に伽藍が造られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。