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土浦の狐お竹を撃った甚五郎

所在地茨城県土浦市
年代江戸期
登場土浦の家士小室甚五郎、小室甚五郎、土浦の家士・狐を撃った当人
出典科学的教養

どんな伝承か

江戸時代、土浦藩士の小室甚五郎は気性が強く、常に鉄砲を好んで山猟を楽しんでいた。当時土浦では官妙院という雄狐と、お竹という雌狐が土地の人々に稲荷として崇められていた。ある時甚五郎は雌狐お竹を鉄砲で撃ち殺し、料理して酒の肴にした。すると土浦城下に近い他領の百姓の妻に官妙院狐が取り憑き、口走って甚五郎を恨み罵るようになった。夫や村人が、恨みなら甚五郎本人に取り憑くべきではと問うと、狐は「お前の雌を殺して食った甚五郎には恐ろしくて取り憑けぬ」と答え、甚五郎を殺してほしいと訴えた。これを聞いた甚五郎は怒り、その村へ乗り込んで社を破却すると罵ると、狐はたちまち離れ、その後は何の祟りもなかったという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))

『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。

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狐憑き報復耳袋憑依稲荷

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