樋口の舘の白米流し
どんな伝承か
夏井駅の前を過ぎて県道を少し行くと太子堂という部落があり、その東手の標高五三七メートルの山の頂に樋口の舘があった。浜通りから新町へ入る要衝で、新町の田村氏の出城であったという。舘主は宗像右近利長といい、天正十七年に岩城忠次郎貞隆の軍勢に攻められた。数日攻めても落ちないので寄せ手は水攻めに転じ、北手の大井戸沢・小井戸沢から水を担ぎ上げる道を押さえた。舘方は水の豊富を装ってシライシと呼ぶ花崗岩壁の上から白米を流して見せたが、犬がそれを食べたため水でないと知れ、三月十日に落城したと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗))
『小野町史 民俗編』第九章所収の伝説。福島県田村郡小野町に伝わる口承を採録する。