平安時代中期
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
山折哲雄が扶桑略記などから引く平安時代中期の怨霊年表。延喜三年に菅原道真が没し、延喜九年、藤原時平が病臥すると浄蔵の加持に道真の霊が現れ、時平は死んだ。延喜十七年には真済の霊が鵲となって現れたのを浄蔵が鎮めた。延喜二十三年、皇太子保明親王の薨去も道真の怨霊のためとされた。以後も歴代の天皇や后が「もののけ」に苦しめられ、加持祈禱で邪気を駆り移した事例が、年代を追って記されている。
原典より
* 九〇三、延喜三年、菅原道真没* 九〇九、延喜九年四月四日、藤原時平病臥。—— 日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・昭和(1976)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・昭和(1976))
宗教学者・山折哲雄『日本人の霊魂観―鎮魂と禁欲の精神史』(1976年)。日本人の霊魂観念を、遊離魂・天皇霊・憑霊・鎮魂という主題で歴史的・象徴論的に考察する。序章で問題と方向を示し、第一章『遊離魂と殯』では『日本霊異記』にあらわれた霊肉の課題(魂が一日に千里をゆく遊離魂と、死者を仮安置する殯)を論じる。第二章『天皇霊と呪師』では玉躰加持の象徴儀礼を、霊魂は肉体の形相(封蠟と印型)とするアリストテレス的議論を引きつつ分析する。
種別から探す
太宰府市の伝承
広告枠(AdSense)