霧と海を越えた太宰府への使い
どんな伝承か
恒原松太郎が杉島信衛に語ったところでは、幽冥へ通い始めたのは十六歳のときだった。天満の天満宮に参ると、神殿から天満宮が姿を現し、太宰府へ使いに行ってこいと命じた。遠いのかと聞くと、行って帰れると心に決めればすぐ着いて夕方には戻れると言われ、手紙一通と、備前長船祐定の銘のある刀を授かった。刀を腰に差して出かけたところまでは覚えているが、あとは深い霧の中を行くようで何も見えず、ときおり海を渡るのか足に波がかかった。気づくと大きな社の前にいて、現れた神に手紙を渡し、返書と名物の焼餅をもらうと、また霧の中を通ってたちまち天満に帰り着いたという。
原典より
深霧之中を往く様にて何も眼にあたらず、折々海の上を渡る時かして足に波がかかり、暫くして居ると、大きな社の前に来て居りまして、—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。