独りでに閉まった天満宮の御戸と役人
どんな伝承か
松太郎の幽冥通いを疑った京都吉田家から、式部という役人が家来二人を連れて大阪の恒原家を訪ねてきた。式部が「戸の開かない天満宮の社があるそうだが、廿四、五日以外は開かないというのは本当か」と尋ね、自ら腹立ちまぎれに戸を開けようとすると、キイと鳴って半分ほど開いた。「ほら、開かないことはないだろう」と言い放った途端、キイ、カチンと大きな音を立てて元通りに閉まり、式部は驚いて一間ほど後ろへ飛び退いたという。
原典より
云うてはります言葉の終らぬ中に、キイ、カチンとなりて、元の通りに閉まります。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。