禁厭で快方に向かった水腫の養子松太郎
どんな伝承か
明治十一年一月二十二日、大阪市南区南堀江橘通り四丁目の神道黒住教堀江教会所に在勤していた権小教正杉島信衛は、同町一丁目に住む恒原卯兵衛に招かれて同道した。病人は養子の松太郎で、難病にかかり全身が水腫して着服もできず、腹満となって物語もままならぬ危篤であった。神明を奉斎し丹誠を凝らして祈念し禁厭を取次ぐと少しずつ快くなり、物語もできるようになった。杉島が誰に聞いて自分を招いたのかと問うと、松太郎は「御神前よりの御教」=この所に斎く天満宮の指図であり、十六歳から十一か年のあいだ幽冥に通っていると答えた。
原典より
私事ハ此の天満宮様に仕へまして、十六才の時より今年まで十一ヶ年の間御用を聞き、幽冥に通ひます』—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。