松太郎が太宰府から持ち帰った名物焼餅が
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どんな伝承か
黒住教教師の杉島信衛が明治十一年一月、大阪の恒原家に招かれ、養子松太郎の難病を禁厭で癒した。松太郎は十六歳の時から大阪天満の天満宮に仕えて幽冥に通うといい、かつて天満宮の神から「太宰府へ使者に行って来い」と命じられ、深い霧の中を行くうち海の上を渡り、暫くして太宰府の大社に至ったと語った。神から返事の手紙と太宰府名物の焼餅を授かって帰った。母親によれば、その焼餅は太宰府天満宮の鳥居前の店の名物で、持ち帰った時なお温かく、太宰府から大阪まで百三十里余をわずか十分ほどで往復したことになるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)
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太宰府市の伝承
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