智光法師の阿鼻地獄めぐり
どんな伝承か
元興寺で智恵第一を誇った智光が行基の大僧正任命を誹り地獄に堕ち、九日間の殯の間に遍歴。西方の金の樓閣を経て北へ進み、熱鉄柱・熱銅柱を抱かされ肉が爛れ骨だけ残るが呪文で蘇り、阿鼻地獄で焼かれ、鐘の音でだけ熱が冷めた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年))
『日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史』は、山折哲雄が一九七六年に著した日本の霊魂観をめぐる論考集である。和辻哲郎・津田左右吉・折口信夫・柳田国男らの霊魂論を検討したうえで、『日本霊異記』に見える遊離魂と殯、天皇霊と玉躰加持、憑霊と除祓、観想と鎮魂を論じる。『春秋』『季刊現代宗教』などに発表した論文を序章と四章にまとめ、巻末に物のけ現象の資料と憑霊年表を付す。