病を招く落武者の塚さん
どんな伝承か
大塚町の善哉寺の前には土を盛った塚があり、「大塚」と刻んだ石碑が立っている。戦国時代、毛利と尼子の戦でこのあたりの兵が数多く討ち死にし、塚はその兵たちの墓だという尼子の落武者伝説がある。墓守として和尚が移り住んだのが大塚町の始まりともいう。落武者の墓は、もとは石や小さな塚として田畑のあちこちに散らばっていたが、祀る者がいなかったため、病気になると「塚さんにサバラレタ(憑かれた)」と言って恐れられた。そこで土地改良のときに寺の前へ集めたとも伝える。一方で、塚は落武者とは関わりのない六世紀後半の豪族の古墳だとみる人もいる。
原典より
これらは祀り手がなかったため、病気にかかると塚さんにサバラレタ(憑かれた)などといって恐れられていた。—— 島根県出雲市大塚町民俗調査報告書――俗信・憑きもの(出雲市(編)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
島根県出雲市大塚町民俗調査報告書――俗信・憑きもの(出雲市(編))
『島根県出雲市大塚町民俗調査報告書――俗信・憑きもの』は、出雲市大塚町の民俗調査報告書のうち、「XII 村の神」の章と「XIII 年中行事」の章の冒頭を収めたものである。氏神の大歳神社の祭りと由緒書、同族神・屋敷神・屋内神、札うち、講、寺、俗信、キツネに憑かれることを「サバラレル」と呼ぶ憑きもの、民間療法を、昭和五十七年ごろの聞き書きで記す。年中行事は正月準備から一月十一日の鎌初めまでで、文の途中で切れている。