笈が重くなり川口に鎮まった弥陀三尊
どんな伝承か
川口の平等山善光寺の本尊、弥陀三尊にまつわる由来である。開山の定尊法師は信濃の善光寺にこもり、本尊のお告げを受けて三尊の模像を造った。完成すると弥陀如来は、ふさわしい鎮座の地に着けば一つの不思議が起きるので、それを目印に安置せよと告げた。定尊は像を笈に納めて旅に出て、日を重ねて荒川の大河を越え川口にたどり着いた。像をおろしてしばらく念仏を唱え、再び背負おうとすると笈がずっしりと重くなって持ち上がらない。ここがお告げの地に違いないと、草堂を建てて祀ったのが寺の始まりだという。
原典より
川口の平等山善光寺の弥陀三尊は開山定尊法師が信濃国善光寺に参籠し、安置する弥陀三尊のお告げによって、建久六年(一一九五)に模造したものという。—— 川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。