頼朝の連れた美女と美女木の地名
どんな伝承か
八百年ほど前、源頼朝が弟の義経を討とうと奥州へ兵を進める途中、美女木八幡に立ち寄ったという。そのとき頼朝が美しい女性を伴っていたことから、土地の人はここを「美女来」と呼ぶようになった。のちに「来」の字が「木」に変わり、いまの美女木という地名になったと伝えられている。
原典より
そのとき、頼朝が美しい人を連れて来たので、「美女来」と呼ぶようになったという。—— 戸田市史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
戸田市史 民俗編
『戸田市史 民俗編』は、戸田市の市史民俗編から、第三節「伝説」だけを収めたものである。美女木・新曽・上戸田・下戸田・下笹目・惣右衛門の話者が語った、源頼朝の奥州征伐にまつわる美女木の地名のいわれ、下笹目の聖釜のヌシとカッパ、荒川に身を投げた女の地名、美女木八幡の鐘、弘法大師の石芋や弘法清水などを収める。説明伝説・歴史伝説・信仰伝説を広くとり、村・ホラ、石・岩、水、塚、祠堂、その他の六つに分け、各話の終わりに話者の地区を記す。