郡内一律に十月十五日とした祭日
どんな伝承か
明治に入ると、経費を減らし行事を簡単にするために、近隣と祭日を一つにそろえることが各地で行われた。原典は福井県の例に続けて兵庫県の城崎郡を挙げる。城崎郡では、それまでの祭日をまったく顧みることなく、郡内の神社の祭日をいっせいに十月十五日と定めたという。祭りの日取りが、神社ごとの由来ではなく行政の都合で決められていった例である。
原典より
これとだいたい同様にして兵庫県でも、たとえば城崎郡の事実を見ても、従来の祭日など全く考慮に入れず、一様に一〇月一五日としている(『兵庫県神社誌』参照)。—— 日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか)
『日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗』は、原田敏明・池上廣正・堀一郎ら十二人の執筆者による論文集である。民間に伝わる神と霊の観念、家や村の氏神、職業の神、祭りの日取りと組織、憑きものや妖怪を題材に、各地の調査報告や古記録に見える事例を引いて論じる。原田の総説に始まる十七編からなり、後半では修験道・庚申信仰・キリシタン・新興宗教と民間信仰とのかかわりを扱う。