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幻に終わった心霊手術調査団

所在地東京都新宿区河田町
年代昭和42〜43年(1967-68)
登場本山博、シャーマン、トニー、ラモス、百十六人の患者を率いて渡比したアメリカの心霊研究家、協力の返事をしなかった心霊手術者、シャーマン一行の到着の映画を撮った医師
出典フィリピン心霊手術調査行

どんな伝承か

昭和四十二年十二月ごろ、著者はフジテレビの講堂で、トニーの検査結果や霊能者の自律神経の特徴を説明し、心霊手術の映画を上映した。その後、万国ビックリショーの担当者に協力を求められ、学問研究の線に沿うことを条件に、外科医やレントゲン技師を含む調査団の費用をテレビ局が出すことになった。準備はほぼ整ったが、トニーから返事が来ない。四十二年十月、シャーマンが百十六人のアメリカ人患者を連れてマニラに乗り込み、反発した医師団と厚生省が手術者の摘発に動いていたのである。患者はルソン島の各地に散って手術を受け、帰国後に重い癌の患者が亡くなると縁者はトニーを訴えた。取り締まりが強まり、調査団は自然消滅した。

原典より

松葉杖をついてきた患者、車椅子に乗ってきた患者の何人かは、帰る時には、松葉杖をすて、車椅子をすてて歩けるようになった。—— フィリピン心霊手術調査行(本山博・本山博・宗教心理学・1971年(昭和46年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

フィリピン心霊手術調査行(本山博・本山博・宗教心理学・1971年(昭和46年))

『フィリピン心霊手術調査行』は、本山博がフィリピンの心霊手術を二度現地で調べた記録の上巻で、序文の日付は一九七一年四月、本文末尾は一九六九年二月である。ライン教授の紹介で来訪したベルク氏を機に昭和四十一年と四十三年に渡り、トニー、ブランシェ、メリカドらの手術に立ち会い、手術家の超心理学的検査や摘出物の病理検査を行った経緯を見聞のままに記す。第一回調査、帰国後の反響とインチキ騒動、第二回調査の三章からなり、巻頭に標本の病理診断書を掲げる。

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