老夫婦と乗り合わせた帰国便
どんな伝承か
昭和四十三年十月一日、著者はケン・テニーに見送られてマニラ空港を発った。雲の中を揺れながら飛んで雨の那覇空港に降りると、東京の息子に会いに初めて上京するという沖縄の老夫婦が隣の席に乗り込んできた。著者は座席ベルトの締め方を教え、耳の詰まりに苦しむ老婦人には口を動かすよう勧めた。羽田まであと三十分という晴れた空で、機体が突然大きく跳ね上がって落ち、老夫婦はおびえきったが、著者がなだめた。羽田に着くと入国の手続きにも付き添い、老人はガラス越しに息子を見つけて泣き顔で駆け寄った。著者も母や妻子、大勢の出迎えに迎えられ、分析表と標本を持ち帰れたことを報告した。
原典より
ジェット機は突然ガクンと何十米かハネ上って、ドンと落ちた。—— フィリピン心霊手術調査行(本山博・本山博・宗教心理学・1971年(昭和46年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
フィリピン心霊手術調査行(本山博・本山博・宗教心理学・1971年(昭和46年))
『フィリピン心霊手術調査行』は、本山博がフィリピンの心霊手術を二度現地で調べた記録の上巻で、序文の日付は一九七一年四月、本文末尾は一九六九年二月である。ライン教授の紹介で来訪したベルク氏を機に昭和四十一年と四十三年に渡り、トニー、ブランシェ、メリカドらの手術に立ち会い、手術家の超心理学的検査や摘出物の病理検査を行った経緯を見聞のままに記す。第一回調査、帰国後の反響とインチキ騒動、第二回調査の三章からなり、巻頭に標本の病理診断書を掲げる。