消えた子宮脱手術のフィルム
どんな伝承か
第一回調査を終えた著者は、シャーマン、ワンダマンとともにマニラから東京へ戻った。帰りの便は揺れもなく、無事に羽田に着いた。検疫所へ歩きながら、念のためレインコートのポケットを探ると、撮影したはずの映画フィルムが五本でなく四本しかない。機内で席を立つ前には確かに五本あった。著者は飛行機まで走って戻り、通り道も機内もくまなく探したが、見つからなかった。消えたのは、子宮脱の老女にトニーが施した見事な手術の記録だった。著者は、一般に見せるには向かない手術なので、トニーの神が取り上げたのかもしれないと記している。おかげで外へ出たのは最後になり、出迎えの母と妻を心配させた。
原典より
所が五つ撮った筈だのに、どうしても四つしかない。—— フィリピン心霊手術調査行(本山博・本山博・宗教心理学・1971年(昭和46年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
フィリピン心霊手術調査行(本山博・本山博・宗教心理学・1971年(昭和46年))
『フィリピン心霊手術調査行』は、本山博がフィリピンの心霊手術を二度現地で調べた記録の上巻で、序文の日付は一九七一年四月、本文末尾は一九六九年二月である。ライン教授の紹介で来訪したベルク氏を機に昭和四十一年と四十三年に渡り、トニー、ブランシェ、メリカドらの手術に立ち会い、手術家の超心理学的検査や摘出物の病理検査を行った経緯を見聞のままに記す。第一回調査、帰国後の反響とインチキ騒動、第二回調査の三章からなり、巻頭に標本の病理診断書を掲げる。