馬頭観音の冷泉と盆の夜の霊迎え
どんな伝承か
親川に伝わる話。坂上田村麻呂がこの地へ来たとき、馬の足を洗ってねぎらったという冷泉があり、そこに馬頭観音が建てられた。戦時中はお祓いを受ける軍馬でにぎわい、大内の方面からも引いて来たという。今は堂を青年団が管理し、祭りも続けられている。沢を一つ隔てた台地は、田村麻呂一行を慰めるために踊り明かした場所と伝えられ、年配の人々は今もそこを踊り場と呼ぶ。隣の三川では、関ヶ原に敗れた斎藤源内左衛門が浜へ着いたのが盆の夜だったことから、戦前まで夜中に墓へ霊迎えに行く習わしが続いたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
本荘市史 文化・民俗編
『本荘市史 文化・民俗編』は、本荘市の市史のうち文化と民俗を扱う巻で、ここに見えるのは第八章口承文芸の伝説の節である。竜馬山の主の足止め、虚空蔵山の手長・足長、死人沢の由来、弘法清水、大人の足跡、かれい沼、人柱になった娘、御嶽神社や馬頭観音、家の先祖の話を、話者の方言の語りのまま載せる。伝説を木・水・沢・台・丘・塚・石・神社・地蔵・観音・家・餅などに分けて整理し、一部の話には場所の様子を書き添える。