米山の女人禁制と比丘尼落とし
どんな伝承か
米山は古くから霊山で修験の山だった。登山道は谷根口や吉尾口などいずれも尾根伝いで、嶺々には女人堂や熊野権現があり、女人結界の女天上があった。吉尾口の一の坂「つるべ落とし」を通り、女人禁制をものともせず頂上を目指した尼僧が罰を受けて谷底へ転がり落ちたという「比丘尼落とし」の伝説や、登山した尼僧がたちまち谷に落ちて石になったという話は、この山が女人禁制であったことを物語る。「女人は女天上までしか登れない」という約束があったと語る荒浜の老人の話はごく最近まで禁制が守られていた証で、明治五年の太政官布告で女人結界が廃されて禁制も解かれ、明治六、七年ごろには登山者が約一万人といわれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。