天狗にさらわれ山婆となったおかん
どんな伝承か
信州諏訪の北山村湯川の里に、おかんという娘がいた。ある日、野を歩いていると空がにわかに暗くなって激しい雨が降り出し、大木の下で雨やどりをしていると、入道雲の中から翼のある天狗が出てきて、いきなりおかんを抱き上げて飛び去った。村中総出で幾日も探したが見つからなかった。五十年が過ぎたある夜から、湯川の村へどこからともなく悲鳴が毎夜聞こえた。出処が車山の方と分かって山狩となり、頂上の大岩の上に、白髪を振り乱した山婆が立っていた。山婆は、自分はおかんだ、身代わりに天狗にさらわれ荒ぶる天狗を紛らせていたのだ、供え物をしてくれと男のような声で叫んだ。村人が食物を運ぶと、不気味な声はぴたりと止んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。