戸板の死体と水死体に群がる見物
どんな伝承か
『四谷怪談』では、身を持ち崩した浪人・民谷伊右衛門が妻お岩を毒殺し、家伝の薬を盗んだ小仏小平をも惨殺して、二人の死体を戸板の裏表に釘付けにし、不義者と称して神田川へ流す。死体は墨田川を漂流し、深川あたりで釣りをしていた伊右衛門の前に浮かび上がる。以後、伊右衛門はお岩の亡霊に悩まされる。当時の江戸ではこれに近い非道がしばしば行われ、川原で殺された死体や、手に余る幼児・病人・老人までもが生きながら川に投げ込まれた。水死体はめったに引き上げられず海へ流れ、心中者や美しい女の水死体が評判になると見物の舟が押し寄せた。水死体もまた江戸市民の猟奇趣味をうかがわせた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))
『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。