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怨霊から平安京を護る呪禁装置

所在地京都府京都市中京区
年代中世
登場桓武天皇、早良親王、井上皇后、他戸皇太子、呪術者、怨霊を避けるため長岡京・平安京へ遷都した天皇、藤原種継暗殺の冤罪で自殺し祟りをなしたとされる皇太子、皇位継承問題で陥れられ怨霊とされた皇后、井上皇后とともに怨霊とされた皇太子
出典呪術と占いの日本史

どんな伝承か

平安京は唐の長安にならって造られたが、著者はその表向きの計画の裏に、平城京や長岡京を汚した怨霊から都を守る仕掛けが隠されていたと見て、これを呪禁装置と呼ぶ。第一は地勢で、北の船岡山、東の鴨川、西の山陽道、南の巨椋池が玄武・青竜・白虎・朱雀に当たる四神相応の地とされた。その自然の結界の中に寺社を配した。比叡山が京の鬼門を押さえ、その手前には井上皇后・他戸皇太子・早良親王を祀る上御霊神社がある。内裏の北には大将軍神社、怨霊の地の方角には羅城門と東寺・西寺を置き、内裏の南の神泉苑は御霊会の場として最後の砦となった。それでも足りず、悪疫や悪霊の事件のたびに寺社が建て増されたという。

原典より

平安京の都市計画は唐の長安にならったものであるが、そうした表向きの計画の裏に、平城京・長岡京を汚した怨霊から都を護るための計画が隠されているのである。—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))

『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。

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