身代り地蔵と罰を受けた子
どんな伝承か
笹野観音の境内にある延命地蔵を、人々は「身代り地蔵」と呼んでいる。天保十三年の置賜地方の餓死者を供養するため、呉服屋渡部伊右ェ門が寄進したものである。ところが渡部家は相次いで家人が病んで死に絶えたことから、延命を願って寄進したのだという噂が流れ、家は迷惑しているという。一方、遠山の薬師堂の境内には不動尊が建っている。子どもたちが遊ぶうち一人が馬乗りになり、「こんなものは仏でも神でもない、ただの石だ」と小便をひっかけた。とたんに空が真黒になって大雨が降り、雨上がりに枯れ葉を焚いて着物を乾かそうとすると、その火が小便をした子について焼け死んだという。
原典より
笹野観音の境内にある延命地蔵を「身代り地蔵」と人々は呼んでいる。—— 米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。