絶山和尚と文殊菩薩
どんな伝承か
法泉寺の九山和尚は上杉定勝の幼時の師範に選ばれた人で、その跡を継いで住職となったのが絶山和尚である。絶山は子どもの頃、物憶えが悪かったので九山に相談すると、文殊は学問をつかさどる菩薩だから信心せよと諭された。十八歳のある夜、夢枕に立った白髭の老人に導かれて中国の五台山の七堂伽藍に行き、文殊菩薩から学問に励めば知恵を与えると告げられた。勉学に励んだ絶山は二十四歳で京に上り、丹後の文殊寺に案内されて参詣すると、そこは夢に現れた五台山と全く同じであったという。絶山は米沢に帰り、法泉寺境内に文殊尊を勧請して祀った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史)
『米沢市史 民俗編――伝説』は、米沢市が編んだ市史の民俗編から、第八章「口承文芸」第三節「伝説」を収めたものである。狐・河童・蛇にまつわる話、上杉家の家臣や弘法大師・源義経にちなむ話、沢・池・岩の由来、地蔵や不動尊の霊験、温泉の開湯譚、長者屋敷など、米沢とその周辺に伝わる伝説を一話ずつ短くまとめて載せる。全体を「鳥獣・草木」「人霊」「山・川・湖沼」「地蔵・社寺」「温泉・町・村」の五項に分け、遠山と田沢の七不思議も列挙する。