弘法大師を拒んだ老婆と中田の石芋
どんな伝承か
窪田の中田を歩いていた弘法大師が、小川で里芋を洗っていた老婆に芋を一つ分けてほしいと頼んだ。老婆はぼろの僧衣をつけた大師を見て、乞食坊主には分けられないと思ったのか、これは芋ではなく石芋だから食べられないのだと言って分けようとしなかった。その老婆が家に帰り、大鍋で里芋を煮たが、いくら煮ても石のように固くて食えなかった。それからは中田で穫れる芋はみな石のように固くなり、植える者もいなくなってしまった。明治に入って祈禱してもらい、ようやく食える里芋が作れるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。