弾に当たらぬと信じた千人針
どんな伝承か
戦のたびに戦勝を祈るムラがあった。徳重では氏神の境内へ熱田神宮と尾張五社を勧請して祈願し、中之郷や米野、西之保西ノ切では組ごとに、あるいは総出で熱田と五社を巡った。日中戦争のころからは千人針が盛んになる。腹帯などに女なら誰彼となく一針ずつ縫ってもらい、寅年の女には自分の年の数だけ縫ってもらえば、敵の弾に当たらないといわれた。帯には五銭硬貨をからげて縫い込んだ。国旗に寄せ書きを受け、それを携えて戦地へ発つ兵士も多かった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町が編んだ町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節を大字ごとの十九項に分けて並べ、五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。