墓地跡のオバケ屋敷
どんな伝承か
旧軽井沢の墓地は、もともと家ごとの小さな墓地が町場の周縁部に散在していた。しかしこの墓地の印象が、外国人などを対象とした明るい避暑地として町を開発しようとしたとき障害となった。そこで旧道を中心に周囲の別荘地化が進んだ大正二年、街の西の境にあたる雲場の原へ移して共同墓地がつくられた。墓地が去ったあとの跡地には別荘が建てられたが、なかには墓石が埋まったままのところや、死に絶えた家の墓石がいつまでも雨曝しになっているところがあり、墓石だけを移して骨をそのままにして建てられた別荘は「オバケ屋敷」などと呼ばれていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
軽井沢町誌 民俗編
『軽井沢町誌 民俗編』は、軽井沢町の町誌の民俗編である。この写しは「不思議な境」と題する部分で、第二節「怪異のフォークロアより」では旧軽井沢の周縁や峠に結びついた名のある狐の話、墓地の跡に建った別荘地の怪談、別荘地で道に迷う話、メディアが広めた怪談を、話者の聞き書きを引きながら論じる。続く第三節「創出された『軽井沢』」は、原野から別荘地として造られた「大自然」を論じる冒頭で切れる。