一谷足りなかった子持山の谷
どんな伝承か
昔、弘法大師が子持山にやって来て、谷の数を一つずつ数えて回った。谷が千あればそこに寺を建てるつもりだったが、数えてみると九百九十九しかなく、一つ足りなかった。そのため寺を建てることができず、大師は高野山へ去っていったという。
原典より
ところが、九九九谷しかなくて、一谷たりなくて寺がつくれなくて、弘法大師は高野山へ行ったという。—— 高山村の民俗――昔話(群馬県民俗調査報告書 第21集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高山村の民俗――昔話(群馬県民俗調査報告書 第21集・群馬県民俗調査報告書)
『高山村の民俗――昔話』は、群馬県民俗調査報告書の第二十一集から、年中行事の末尾と「口頭伝承」の部を収めたものである。口頭伝承は昔話・伝説・世間話の三つに分け、桃太郎・蛇婿入り・食わずの女房などの昔話、弘法の投筆や椀貸の渕・小太郎渕の伝説、怪力の馬之丞やアズキトギ・見越シ入道・かくしばあさんの世間話を載せる。各話の末尾には、中山字原・尻高字熊野・北之谷などの採録地と話者を添える。