忠直の配流を前に建てられた長久寺
どんな伝承か
長久寺は、松平忠直の九州配流が決まったのち、忠直の願いによって建てられた寺である。忠直が鳥羽野開拓の奉行にその意を伝え、鳥羽野八か村の人々が急いで建て、出発に間に合うように仕上げたという。寺号の長久は開拓奉行渡辺中兵衛長久の名から取り、山号の二康山は徳川家をはばかって、家康と福井藩初代秀康の康の字を二つ取ったものだという。毎月二十六日には住職が鳥羽八町を托鉢して回り、集まった米を翌二十七日、長久の命日に仏前へ供えるならわしが続いている。
原典より
この寺は、松平忠直公の九州配流がきまって後、公の祈願によって建立したものである。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。